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一般ビジネスの翻訳において、固有名詞は各分野の数だけ存在します。広範囲にわたる文書類のなかで、植物や動物などの生物に関するものも比較的多く現われます。
例えば、インバウンド関連では、地方に生息する動植物を説明する観光ガイドブックがあります。また、最近の環境問題への意識の高まりを背景に、企業の環境報告やCSR報告書では、自社工場の周辺の自然環境に与える影響や、社員による環境保護等のボランティア活動などで、生物に関する翻訳の機会が多くなっているようです。

また、「和食」が世界的に注目されるなか、魚名や食肉の部位、和牛の輸出向けの紹介などを扱ったパンフレットなどの翻訳ニーズも高まっています。
動植物の一般名には、各国の文化的背景の影響を受けているものも多いため、翻訳ではこうした理解を踏まえつつ適切に言語を置き換える必要があります。

●生物の呼び方には複数ある

普段の生活で用いられている動植物の名称は、一般的な通称名です。また、同種の動植物であっても各個体の呼び方は各国でまちまちであり、日本であれば和名と呼ばれる呼称があります。和名でも、地域によって使用されている「地方名」と全国共通の「標準和名」があります。

 例えば、日常の食卓に上る刺身の「マグロ」と呼んでいる魚名は通称で、標準和名は「クロマグロ」になります。水産品として流通しているものを指して、「本マグロ」と呼ばれることもあります。英語圏の通称では、“bluefin tuna / Pacific bluefin tuna”です。

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翻訳は情報の送り手の意図が受け手に適切に伝わることを目的としていますので、「マグロ」=“bluefin tuna”と訳すことで双方が意図通り認識できれば翻訳が成立します。

しかし、一方の言語にしか通称又は標準的な呼び名がない場合は、個々の種を正確に識別するための学術上の名称である「学名」を用います。国際的に統一されているため、世界共通として個体が認識されます。特に、論文では学名で記述されます。

●学名とは?

生物は同じ種でも、国や地域によって呼び方が異なるため、国際的に名称を統一しています。これが「学名」です。スウェーデンの博物学者カール・リンネが1735年にSystema Naturae(自然の体系))の第1版を著し、初めて種の学名を体系化しました。その後、動物命名法国際審議会によって「国際動物命名規約」が公表(最新は4版)され、国際的に統一化されました。現在は、動物、植物、園芸植物、菌類のそれぞれに独立した国際命名規約が作られています。

種の学名は「二名法」という表記方式で定められており、属名と種名(種小名)の2語をラテン語・イタリック体で表記します。属名の頭は大文字、種名は小文字が原則です。2回目以降は、属名は頭文字とピリオドのみで記載します。マグロの場合は、“Thunnus orientalis”、2回目以降は、“T. orientalis”です。

論文のなかで学名を次のように2通りで表記する場合もあります。マグロの場合は以下です。括弧内は命名者と年号になります。

Thunnus orientalis (Temminck and Schlegel, 1844)

分類体系は類型分類と呼ばれており、その構成は以下です。(右側の項目はクロマグロの例)

分類 マグロの帰属分類 学名
動物界 Animalia
脊索動物門 Chordata
亜門 脊椎動物亜門 Vertebrata
条鰭綱 Actinopterygii
スズキ目 Perciformes
亜目 サバ亜目 Scombroidei
サバ科 Scombridae
亜科 サバ亜科 Scombrinae
マグロ族 Thunnini
マグロ属 Thunnus
クロマグロ T. orientalis

●生物の通称は一様でないため用語の翻訳には補足説明が必要な場合も

生物の翻訳を複雑にしているのが、その土地ごとに生息する個体が異なる場合があり、それに伴い呼び方も違ってくることです。現地の名称、日本でいう和名で言えば日本産の生物には和名がつけられています。しかしながら、外国産のものには和名ではなく学名のみの場合があります。

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特に、日本においては古来、魚が生活に密着した生物であったため、魚に関する固有名詞の数が外国のそれと比較して相当数に上ります。例えば、英名などには、日本の標準和名と種が個々に対応しておらず、異なった種に対して同じ英名がついている場合も多分に見受けられます。つまり、日本の標準和名で呼ばれる複数の種が、英名では一緒くたにされて呼ばれているケースがあります。
 また、英名においてさえも、同一の用語がオーストラリアや東南アジアで別の意味で用いられている場合もあるため、種の共通認識の有無によって名称は非常に曖昧なものとなります。これがいわゆる、文化の違いになります。ニュアンスを適切に伝える場合は、学名や基本種をベースに補足を注記して翻訳することも重要となります。

さらに日本では、1つの魚でも、所謂、出世魚と呼ばれ、その魚の成長過程で呼称が変化するものがあります。有名なものでは、「ブリ」、「スズキ」、「クロダイ」などです。ブリは関東では、「モジャコ」→「ワカシ」→「イナダ」→「ワラサ(天然)」「ハマチ(養殖)」→「ブリ」と変遷します。

 

このようなニュアンスを正確に伝えたい場合、例えば、「ハマチ」の英訳では、hamachi (young yellowtail/young Japanese amberjack)などのように、ローマ字表記+ブリの英訳(yellowtail/Japanese amberjack)に簡単な説明を加えて表記します。

ビジネス文書において、学名での記載が表現方法として堅すぎると思われる場合は、翻訳相手国で通例となっている名称をベースに、補足説明を加えて訳す場合があります。

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