『爆買い』という言葉が2015年に流行語大賞を受賞しました。訪日外国人旅行者が日本製商品を大量に買い込む様子を形容した表現です。実は同年にはこれ以外にも、「インバウンド」と「北陸新幹線」もノミネートされ、旅行関連の用語が注目され始めました。それも2000年に入ると、「3密」や「ソーシャルディスタンス」「GoToキャンペーン」などの流行語に象徴されるように、新型コロナの感染拡大を背景に行動が規制され、海外との交流が大幅に制限される事態となりました。
 しかしコロナ禍が丸3年を経過し、政府は再び観光立国復活に取組む方針を示し、「インバウンド回復戦略」を提唱しています。ピーク時には年間4.8兆円あったインバウンド消費への道が再び開かれつつあるなかで、翻訳及び通訳は強力なカンフル剤の役割を担うことでしょう。

●インバウンド翻訳のポイントは?


 2007年に旧観光基本法を改正し、観光立国推進基本法が成立(2008年に観光庁設置)したのを機に、日本は官民挙げてさまざまな振興策を打ち出すなど、観光強化に取り組んでいます。こうした背景にインバウンド需要は着実に成果を上げています。UNWTO(国連世界観光機関)によると、新型コロナウイルス感染症拡大前の2019年の外国人旅行者受入数は、日本は3,188万人で12位でした。

 このインバウンドには、その性質によって大きく2つの種類があります。一つは、純粋な観光目的、もう一つはいわゆるMICEと呼ばれるものです。インバウンドの成否には、言語の壁を可能な限り取り払うことにあります。観光強化は情報発信なくしては成し得ませんが、それに取り組む上で翻訳は必要不可欠な要素となります。

 日本の観光地と言えば、東京や京都、奈良といった旧来のイメージから、現在では、雪のない南国からのウィンター・リゾート旅行、ゴルフ場の少ない国からのゴルフツアー、「鬼滅の刃」などのアニメ等の聖地巡礼などのように、日本の観光資源が外国人の視点から再発見されています。さらに、わんこそば体験、田舎暮らし、秘湯温泉巡り、着物の試着、和牛などの典型的な日本食から普段食の食べ歩きなど、体験型へと大きな変化が見られています。

 このため翻訳では、日本文化への深く、正しい理解が必要となります。日本人の気質、歴史的背景、日本の流行・トレンドの把握を押さえることが重要です。これを踏まえ、相手国で普段使われるネイティブの言語で自然な訳を当てることで、はじめて正確な意図が伝達できます。

 インバウンドの翻訳は、医学や法律など専門知識が必要とされないため、簡単に翻訳が可能かと思われますが、日本の文化や因習、歴史、言葉遊びや方言の理解などがないと意味が伝わらず、情報発信が一方通行となってしまいます。このため翻訳には、日本文化という別の意味での専門知識が求められます。
 
 インバウンドの原稿では、日本独自のさまざまな固有名詞が使用されます。定訳があればそれに従い、ない場合は、観光庁が公表している「観光立国実現に向けた多言語対応の改善・強化のためのガイドライン」の指針を参考に訳語をあてます。

例えば、以下のような表記方法が説明されています。

言語のパターン 表記方法
固有名詞
一般的な固有名詞 日本由来 ・表音表記 東京 Tokyo
西新宿Nishi-Shinjuku>
広尾Hiro-o
外国由来 ・外国由来の原語部分は英語表記 南アルプス Minami-Alps
普通名詞部分を含む固有名詞 ・普通名詞部分以外+普通名詞部分を表音表記
・表意表記の頭文字も大文字
日比谷公園  Hibiya Park
成田空港  Narita Airport
富士山   Mt. Fuji
  – 普通名詞部分を切り離してしまうと、それだけでは意味をなさなかったり、普通名詞部分を含めた全体が不可分の固有名詞として広く認識されている場合は、全体の表音表記+普通名詞部分の表意を表記 立山   Mt. Tateyama
荒川   Arakawa River
芦ノ湖  Lake Ashinoko
大阪南港 Osaka Nanko Port
普通名詞
日本由来 翻訳先言語に対訳がある • 表意表記
一定の対訳があるが、日本文化を正しく理解するために日本語の読み方を伝えることが必要である場合、表音表記した後、表意を括弧()で括って表記

※日本語の表音の表記が既に一般化されている場合は、表意の表記は必要としない。

本  Book
茶碗 Chawan (Tea bowl)

侍  Samurai
温泉 Onsen

翻訳先言語に対訳がない 表音表記した後、説明的な語句を表記
• 表意表記の頭文字は大文字

※日本語の表音の表記が既に一般化されている場合は、説明的な語句は必要としない。

暖簾 Noren (Traditional shop curtain)
外国由来 • 原語を英語訳して表記 エスカレーター Escalator

また、用語の記載における注意事項は以下になります。
・表音の英語表記は、ヘボン式ローマ字にて記載。
・人名等で規定されている場合、英語以外のスペル(例:ç)の使用も可能。
・スペース・視認性の点から略語を用いることが適当と考えられる場合は、略語も可。
(例:Station ⇒ Sta. 、Building ⇒ Bldg.)
・発音のしやすさ等の観点から、複数の名詞等で構成される固有名詞やoが重なる場合等は、その間に「-」(ハイフン)を入れることが可。
(例:西新宿 Nishi-Shinjuku、広尾 Hiro-o)
・普通名詞の表音を表記する際、必要に応じてイタリック体で表記することが可。
(例:Chawan、Samurai)

【寺社仏閣の表記方法】

 普通名詞部分の表意を表記した英語に対応する日本語が複数存在(例:Temple ⇒ ○○寺・○○院等、Shrine ⇒ ○○神社・○○神宮・○○天満宮・○○大社等)するため、上記ルールに従い、普通名詞部分について英語による表意表記のみとすると不都合が生じます。
 例えば、平等院はByodo Templeと表記した場合に平等寺と誤って認識されたり、平安神宮をHeian Shrineと表記した場合に平安神社と誤って認識されたりする恐れがあります。外国人旅行者に対して意味・呼び名を正しく伝える必要があるため、ローマ字による全体の表音表記に加えて、普通名詞部分の表意を表記することが望ましい――とされています。

例:二条城Nijo-jo Castle、東大寺Todaiji Temple、平等院 Byodoin Temple
清水寺Kiyomizu-dera Temple、下賀茂神社 Shimogamo-jinja Shrine

●「観光立国実現に向けた多言語対応の改善・強化のためのガイドライン」


 同ガイドラインでは、上記の固有名詞の表記方法について、中国語と韓国語でも同じような記載方法を示しています。

 また、「具体的な対訳語」としても、外国人が混乱を起こさぬように、「可能な限り、対訳語の辞書的な一覧を定め、関係者で共有し多言語対応を進めていくことが望ましい」として、一定条件を満たす原語について、英語、中国語(簡体字)、韓国語の対訳語をリスト化しています。

●MICEの翻訳・通訳のポイントは?

 MICEとは、企業等の会議(Meeting)、企業等の行う報奨・研修旅行(インセンティブ旅行)(Incentive Travel)、国際機関・団体、学会等が行う国際会議 (Convention)、展示会・見本市、イベント(Exhibition/Event)の頭文字を使った造語です。
 地方では、MICEに関する誘致の取組みを強化しており、情報発信を積極化しています。こうしたMICEを巡る情報発信や、MICE実施時の資料等に翻訳や通訳が活躍します。

 翻訳や通訳に際しての重要なポイントとして、背景情報の正しい理解が挙げられます。特に通訳の場合は、専門用語や社内用語が飛び交いますので、事前に用語や表現に慣れ親しんでおくことや、会議などで議論される内容の背景を予め頭に入れておく必要があります。

どんなに優秀な通訳者であっても、事前の予習なしには通訳の精度に差が生じてしまいます。通訳は翻訳とは異なり、リアルタイムでその作業を進行するという特性がありますので、その場で考えている余裕はありません。このため通訳は、事前に会議資料を通訳者に送付し、共有することが肝要となります。

 最近では、機械による通訳アプリが普及していますが、上述のように、日本文化等の微妙なニュアンスを踏まえた、また、日本文化の説明を交えることで、やはり通訳者による通訳の方が話者の意図を細部にわたって伝達できます。
 

サイマリンガルは、日本のインバウンドへの取組みをサポート致します

サイマリンガルでは、創業以来、日本文化や観光等の分野に注力してきた実績があり、観光関連、ガイドブック、MICE関連の資料の翻訳や、会議・イベントの通訳に対応しています。
各専門分野に精通した翻訳者や通訳者を国内外に多数抱え、質の高い翻訳サービスの提供によって、インバウンドへの取組みのサポート役として力を発揮します。
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