ルキノ・ヴィスコンティ 映画監督
ルキノ・ヴィスコンティ Luchino Visconti 1906~1976 イタリアの映画監督。
舞台演出家としても活躍。初監督作品「妄執」(1942)でネオ・レアリズモ運動に影響を与える。’48「大地は揺れる」、’53「夏の嵐」、’60「若者のすべて」。その後の作品は’68「地獄に堕ちた勇者ども」、’71「ベニスに死す」等がある。

ハンス・クリスチャン・アンデルセン 文学者

アンデルセン Andersen, Hans Christian 1805~75 デンマークの作家。
ロマン主義派。貧しい靴職人の子に生れる。15歳のときコペンハーゲンへ出て貧窮したが、王立劇場支配人ヨナス-コリンに救われ、コペンハーゲン大に学ぶ。1831より各国を放浪する。’35「即興詩人」、’40「絵のない絵本」はその間の体験・印象を基にしている。しかし彼の名を不滅のものとしたのは「人魚姫」「みにくいあひるの子」等の童話で、各国で熱狂的な歓迎をうけた。現在その名をとって、すぐれた創作童話に与えられる<国際アンデルセン賞>がある。他に「アンデルセン童話集」「アンデルセン自伝」等の著作がある。

セーレン・キェルケゴール 哲学者

キェルケゴー Kierkegaard, Sören Aabye 1813~55 デンマークの哲学者・神学者。
コペンハーゲンに生れる。シェリング・ヘーゲルに学んだが、思弁的合理主義を批判し自己の体験に基づいた主観主義・個人主義を提唱。教会的キリスト教から離れ、つねに神の前にある真のキリスト者・単独者の道を追及。1840レギネ-オルセンと婚約、翌’41破棄。この体験はその後の著作活動に重要な動機を与える。神と人間の間の断絶、人間の自己疎外、永遠者を求めての努力というキルケゴールの思想は実存哲学・弁証法神学に深い影響を与えた。(著)「あれかこれか」(2巻)1843、「おそれとおののき」’43、「不安の概念」’44、「死に至る病い」’49。

イエンス・ペーター・ヤコブセン 詩人・作家

ヤコブセン Jacobsen, Jens Peter 1847~85 デンマークの詩人・作家・植物学者。
ユトランドの裕福な商家の生れ。コペンハーゲン大で植物学を学ぶ。ダーウィンの進化論、L. A.フォイエルバッハの無神論の影響をうける。1872「種の起源」等を翻訳紹介し、’76<カールスベア財団>設立等でデンマーク学術研究の発展に寄与。一方文学に志し、ブランデスの影響下にデンマークの新文学運動の旗手となる。作品数は少ないが、リルケをはじめ与えた影響は大きい。自然主義的な作??ある。胸を病んで早世。(作)「モーゲンス」1872、「マリー-グルッベ夫人」’76、「ニールス-リーネ」’80。

カール・ニールセン 作曲家

ニールセン Neilsen, Carl 1865~1931 デンマークの作曲家。
コペンハーゲン音楽院で学ぶ。王立管弦楽団のヴァイオリニスト・同指揮者、コペンハーゲン音楽協会の指揮者等を歴任。ガーデ・グリーグのスカンディナヴィア国民主義の伝統の上に、印象主義・多調性を加えた個性的な作品を残す。交響曲6曲、ほか多数。 ティコ・ブラーエ天文学者・超新星の発見者

ブラーエ  天文学者

デンマークの天文学者。 Bráhe, Tycho 1546~1601
貴族の子。初め法律、のち天文学・化学を学び、1572カシオペア座新星を発見。’76王室の資金でヴェーン島に観測所を設け、以後21年間規則的に天体を観測したが、恒星の年周視差を検出できず地動説をとらなかった。’96ドイツに行き、プラハのペテナク城に観測所を設け、1600ケプラーを弟子にした。彼の16年間の火星の継続的観測記録は、ケプラーに継がれ、<惑星公転の3法則>を生む基礎を与えた。

デンマーク語翻訳サービストップへ戻る